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NBA

ユーイング登場でロッタリー制度が初導入された1985年――ニックスの1位指名権獲得はNBAの仕組んだ陰謀だった?【NBAドラフト史】

大井成義

2019.12.20

7位指名のマリンは、ドリームチームの一員として1992年のバルセロナ五輪で金メダルを獲得した。(C)Getty Images

7位指名のマリンは、ドリームチームの一員として1992年のバルセロナ五輪で金メダルを獲得した。(C)Getty Images

 プラスチックのボールに封筒を入れた者、封筒が入ったボールを回転させた者、そして封筒を選んだスターン、その3人ともグルだったというのが陰謀説派の主張だ。陰謀説の推測内容は多岐に渡るが、その中から興味深いものをピックアップしてみよう。

・スターンがコミッショナーに就任する前のNBAは、労使紛争や選手の薬物問題で揺れ動いており、人気がひどく落ち込んでいた。また、全米最大のマーケットを持つニューヨークのチーム、ニックスも長期に渡り低迷を続けていた。手っ取り早くNBAを盛り上げるには、ニックスに強くなってもらうのが良策だとスターンは考えた。

・当時、ニックスの親会社マディソンスクエア・ガーデン・カンパニーを所有していたガルフ&ウエスタンという巨大複合企業も、ニックスで収益を上げるため、是が非でもユーイングを獲得したいと考えていた。だが、いくらタンキングで最下位になったところで、コインフリップで負ければ元も子もない。そこで、確実に1位指名権を手に入れる方法として、NBAがロッタリーシステムを導入したうえで不正操作をするのが、最も確実な方法であると考えた。

・スターンとガルフ&ウエスタンの思惑が一致。NBAはロッタリーの運営業務をなぜかアーンスト&ウィニー会計事務所に委託し、1位指名権がニックスに渡るよう工作を指示する。当時アーンスト&ウィニーはガルフ&ウエスタンの会計業務を担当しており、彼らにとって大口の顧客だった。ガルフ&ウエスタンは、もし計画が失敗に終われば、契約を打ち切ると告げていた。
 
・ロッタリーの会場は、アリーナやTV局のスタジオの方があらゆる意味で楽なのだが、あえて窮屈なホテルでの開催を強行した。これは、舞台裏が丸見えのアリーナやTV局で、他のスタッフに証拠を掴まれるのを恐れたためだった。

・現在のロッタリーで使用し、当時も宝くじ等で使用されていたピンポンボール方式をあえて採用しなかったのは、不正が困難だったから。

 続いて、スターンが7枚の封筒からニックスの封筒をどうやって拾い上げたのか。陰謀説派に言わせると、これにも諸説あるようだ。

・ニックスの封筒をあらかじめ冷蔵庫やドライアイスで冷やしておき、スターンは冷たい封筒を拾い上げる。言われてみると確かに、スターンは最初に3枚ほどの封筒を手に取り、その中から特定の1枚を選んだようにも見える。

・封筒に人間の眼やカメラには映らない特殊な物質でマークや色を付けておく。スターンは当日、それを識別できる特殊な眼鏡をかけていた。

・事前に予行演習を徹底的に行ない、封筒を入れる順番、位置、ボールを回すスピードや回転数を明確に決めておく。確かに、何枚かの封筒を不自然に投げ入れているようにも見える。

・ボールに入れる際、ニックスの封筒を内壁に当て、封筒の角に折れを付けておく。

 それら一連の様子は、当時放送された映像の一部を『YouTube』で見ることができるので、気になった方は自分の目で確かめてみるのも一興だろう。
 

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