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NBA

リーグ王者が1位指名権を手にした史上唯一の珍事。レイカーズが隆盛を築くきっかけとなった1982年ドラフトを振り返る【NBAドラフト史】

大井成義

2020.05.25

3位で指名されたウィルキンスはNBA史に名を刻むスラムダンカーであると同時に、屈指のスコアラーとしても知られる。(C)Getty Images

3位で指名されたウィルキンスはNBA史に名を刻むスラムダンカーであると同時に、屈指のスコアラーとしても知られる。(C)Getty Images

 ウィルキンスは3位でジャズに指名された。その頃、ジャズは深刻な財政難に陥っており、またウィルキンスもジャズでのプレーに難色を示したことから、2か月後にホークスとの間で複数人を絡めたトレードが成立する。その後12シーズンに渡り、ホークスのフランチャイズプレーヤーとして活躍。オールスターの常連となり、1985-86シーズンには平均30.3点を記録し、得点王に輝いた。

 だが何と言っても、ウィルキンス=スラムダンクである。怒濤のごとく繰り出される人間離れした超絶ダンクに、付いた渾名が“ヒューマン・ハイライトフィルム”。パワー系のスラムダンカーとしては、史上最高レベルと言ってもいいだろう。オールスターのスラムダンク・コンテストにおけるジョーダンとの死闘は伝説となっている。

 点取り屋として、またド派手なダンカーとして、ひときわ目立つ存在ではあったが、優勝とは無縁。初代ドリームチームや“50人の偉大な選手”の選出からも漏れ、一部で物議を醸した。それでも、彼が叩き込んだ名ダンクの数々は、ファンの記憶にしっかりと焼き付けられている。
 
■名門復活のため、2014年のロッタリーに臨んだウォージー

 1982年のドラフトから30余年、2014年のドラフトロッタリーにレイカーズ代表として参加したのは、テレビでレイカーズ戦のスタジオアナリストを務めていたウォージーだった。チームの主要スタッフではない彼がなぜレイカーズを代表して出席することになったのか、その経緯についてESPNが短いインタビューを行なっている。そのなかにちょっと微笑ましいエピソードがあったので紹介したい。

 ロッタリーを1か月後に控えたある日、ウォージーに1本の電話がかかってきた。声の主はレイカーズのミッチ・カプチャックGM。レイカーズの代表としてロッタリーに出席してほしい、そうカプチャックは切り出した。

 2014年のドラフトには、カンザス大のアンドリュー・ウィギンズやジョエル・エンビードなど優秀なタレントが揃っていた。レイカーズは9年ぶりにプレーオフ進出を逃し、絶対的エースであるコビー・ブライアントがユニフォームを脱ぐ日も迫っている。新たなフランチャイズプレーヤーを必要としていたものの、2011年12月に画策したクリス・ポールのトレードはリーグに却下され、2012-13シーズンにはドワイト・ハワードを迎え入れるも1年で離脱。チームの再建を図るうえで、2014年のドラフトは次世代を担う若手有望選手を獲得する絶好の機会だった。
 
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