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NBA

コビー・ブライアントが最後まで貫いた“人を思いやる心”。事故当日にシャックの息子と一番の親友に送ったメッセージとは【NBA秘話|後編】<DUNKSHOOT>

大井成義

2022.02.18

 後から判明したのだが、相談をしてきたという友人は、全米でも名の知れた大学野球のコーチ、ジョン・アルトベリで、この日、末娘のアリサと一緒にコビーのヘリコプターに乗っていた。ジジと友人でありチームメイトでもあった娘を通してコビーと知り合い、その後親交を深めたのだという。

 コビーが生前最後に取った行動はヒロイックだった、そうペリンカは語る。「彼は自分が持つ影響力を、若い少女の未来のために惜しみなく使おうとした。そしてコビーは、我々すべてに同じことをしていたのではないか。コビーは文字通り、誰もが何かを求めることができる、最高の友人だった」

 最後に。ペリンカのスピーチから、胸を打たれた逸話と、心温まるエピソードをそれぞれ紹介させていただきたい。いかにもコビーらしく、彼の人となりを如実に表わしていると思う。

「コビーがいなくなった翌日、私は自宅にいて途方に暮れていました。この先、親友が持つ精神的強さと、彼の手引のない人生なんて、想像できなかったのです。悲嘆に暮れるなか、私たちの友情を象徴する何か具体的なもの――写真やボイスメールなど、コビーが遺した何かとつながりたい、そう強く感じました。
 
 妻が思い出させてくれたのは、最近コビーが上梓し、プレゼントしてくれた本でした。上の階にある本棚から引っ張り出して開いてみると、中表紙にコビーはこう書いていました。“To Rob, my brother:常に道程を楽しむことを忘れないように、とりわけ困難な道の時には――。Love, Kobe”」

「引退後の数年間、コビーはしばしばジジを学校に車で迎えに行っていましたが、彼は真っ先に到着する保護者の中の1人でした(迎えの時間が決まっていて、先着順に子どもを車に乗せて帰宅することができる)。コビーがポールポジションを獲得し、先頭で待っていることで、同じ学校に通っていた私の子どもたちも彼によく会うようになりました。彼は私の子どもが目に入ると、毎回スチューデント・オブ・ザ・イヤーでも受賞したかのような熱烈さで挨拶してくれたそうです。

 先日、私の9歳の娘エメリーが、眼に大きな涙を浮かべていました。なぜかというと、コビーおじさんとジジがいなくなって、ひどく寂しかったからです。なぜそんなに寂しいのか尋ねると、彼女はこう言いました。『ダディー、コビーおじさんは私を見つけると決まって駆け寄ってきて、私を大きな腕ですくい上げて、頭の上まで持ち上げてくれた。コビーおじさんはいつだって、私を世界一の女王様のように感じさせてくれたの』」

文●大井成義

※『ダンクシュート』2021年3月号掲載原稿に加筆・修正。
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