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海外サッカー

非国民と呼ばれる“侮辱”にも耐え忍んだ英雄。若き日に受けた喝采と罵声――アルゼンチン代表とメッシの18年【前編】

チヅル・デ・ガルシア

2023.02.07

ドイツW杯に向けた壮行会で照れくさそうに笑みを浮かべるメッシ(19番)。この時は国民の誰もが彼の輝かしい未来を期待した。(C)Photogamma

ドイツW杯に向けた壮行会で照れくさそうに笑みを浮かべるメッシ(19番)。この時は国民の誰もが彼の輝かしい未来を期待した。(C)Photogamma

 2005年のU-20W杯を機にメッシの名前はアルゼンチンのサッカーファンの間でも広く知れ渡り、同年8月17日にはA代表デビューを果たした。

 ペケルマンの指揮の下、ハンガリーとの親善試合で66分に交代出場をしたメッシ。だが、ドリブル中にユニフォームを引っ張られた際にマーカーを振り払った動作が相手を叩いたと判定されて一発退場処分となってしまう。プレー時間はたったの1分半。ボールタッチ数は3回だけだった。

 当時の状況について、メッシは2019年のTVインタビューで「最悪だった」と回顧している。

「デビュー戦であんなことになるなんてね。そのあと(代表での自分の立場が)どうなるか心配だったけれど、幸いにもあの時だけのエピソードで済んだ。あとで僕が大泣きしていたら、ベテランのチームメイトたちが声をかけて庇ってくれて、落ち着くようにと慰めてくれたよ」

 本人が「最悪だった」と語ったデビュー戦を経て、めきめきと力をつけていったメッシは、2006年のドイツW杯のメンバーにも選ばれた。私は大会前の5月25日、エスタディオ・モヌメンタルで開催されたU-20代表との壮行試合に出場した時の彼を、よく覚えている。
 
 ペケルマン政権下のアルゼンチン代表は国民から支持され、W杯に向けた期待度も非常に高く、この日のモヌメンタルは超満員だった。当時のチームでは、現在代表の指導を務めるリオネル・スカローニ(現監督)、パブロ・アイマール、ロベルト・アジャラが主力としてプレー。対するU-20代表には、16年後のカタールW杯で優勝を果たすメンバーのアンヘル・ディ・マリア、アレハンドロ・ゴメスも名を連ねていた。

 試合前、メンバーが1人ずつ名前を呼ばれ、スポットライトに照らされたピッチ上のステージに整列していた。その間、照れ笑いを浮かべながら恥ずかしそうにうつむくチーム最年少のメッシの姿はとても初々しかった。背番号19をつけ、50分間だけの試合終盤に登場し、器用にボールを捌く若者に観衆は惜しみない拍手を送っていた。

 実際のところ、当時のアルゼンチンではメッシを厳しく評価するような声はまだ聞かれなかった。国内リーグ戦でプレーした経験がないため、他の選手のように“古巣のサポーター”が背後についていたわけでもない。

「得体の知れないよそ者」と思われていたのは事実だが、ドイツW杯でアルゼンチン・サポーターが「ホセ(ペケルマン)、メッシを入れて!」と書かれたボードを掲げ、敗退が決まった準々決勝のドイツ戦でメッシを出場させなかった指揮官が酷く批判されたのは、「神童」と呼ばれる才能が本物かどうかを国民が純粋に知りたがっていた証拠でもある。

「バルセロナ育ちのマラドーナ2世」に対する風当たりが強くなったのは、その後のことだ。
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