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国内テニス

かつて自分が目指したあの場所を目に焼き付けて…26歳の沼尻啓介がコーチ専念を決意した理由<SMASH>

内田暁

2021.12.01

同じ1995年生まれの西岡良仁と沼尻啓介。指導者業への専念を決めた沼尻に、目指すべき場所を見せるべく、西岡は秋の海外遠征に“沼尻コーチ”を帯同した。写真提供:沼尻啓介

同じ1995年生まれの西岡良仁と沼尻啓介。指導者業への専念を決めた沼尻に、目指すべき場所を見せるべく、西岡は秋の海外遠征に“沼尻コーチ”を帯同した。写真提供:沼尻啓介

 去る10月、カリフォルニア州で開催されたBNPパリバオープン(マスターズ・インディアンウェルズ)で戦う西岡良仁のベンチに、思いがけない顔があった。

 首から掛けるクレデンシャルには、「Coach」の肩書が記されている。その彼に向けて西岡は、ポイントを取るたびにガッツポーズを振り上げ、大接戦で初戦を制した時には、雄叫びを上げた。

「ケイスケとは以前から、タイミングが合えば一緒に回ろうと話していて。今回、彼も行けるというので来てもらいました。いろんな試合を見たいという本人の要望もあって、今も彼、誰かの試合見てますよ」

 初戦後の会見で、西岡が“コーチ”の動向を明かす。

 彼が親しみを込めて「ケイスケ」と呼ぶ青年の名は、沼尻啓介。西岡と誕生日が僅か2日違いの沼尻は、小学生時代に西岡と全国小学生選手権の決勝を戦い、世界のジュニア大会を共に転戦し、国別対抗戦ではチームメイトとして戦った。

 西岡の盟友であり戦友。その彼が今、コーチの道を本格的に歩もうとしていた。

「どこから話したらいいですかね……」。今に至った道を遡りながら、沼尻は、約3年半前の日について語り始めた。
 
「テニスから半年くらい離れた時期があったんです。精神的に、いっぱいいっぱいになってしまって。愛媛のフューチャーズを棄権して、その後、しばらく離れました。その前の山梨でのフューチャーズも予選の2回戦で棄権したし……。胃が痛すぎて、眠れない状態だったんです」

 試合が近づくと胃がキリキリと痛み、朝まで眠れぬ日が続く。「勝てない時期が続いたし、なにやってんだろ、俺って。毎年毎年同じツアーを回って同じ大会に出て、前に進んでる感じがしなくて」。

 身を切るほどの停滞感と自己否定。その背景には、友人たちが大学を卒業し、社会に出て活躍し始めた潮合いもあった。

「こんなことを続けていても意味がない。とりあえずラケットを置こう」

 自分を見つめる意味もあり、期限を設けずコートから距離を取った。2018年春のことである。
 
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