専門5誌オリジナル情報満載のスポーツ総合サイト

  • サッカーダイジェスト
  • WORLD SOCCER DIGEST
  • スマッシュ
  • DUNK SHOT
  • Slugger
海外テニス

東京パラリンピック金メダル後の空虚な心を再燃させた2本のショット。国枝慎吾がライバルとの決勝で逆転できた要因<SMASH>

内田暁

2022.07.12

ウインブルドンのシングルスで初優勝し、生涯グランドスラムを達成した国枝慎吾。(C)Getty Images

ウインブルドンのシングルスで初優勝し、生涯グランドスラムを達成した国枝慎吾。(C)Getty Images

 3時間20分に及んだ死闘の最中、見ていた者は果たして何度、勝敗が決したと思っただろうか。そしてコートで戦う国枝慎吾は、幾度諦めかけ、同時に「勝てる!」と自らを奮い立たせたのだろうか……?

 第1セットを落とし、第2セットでは相手のサービスゲームで、敗戦まで2ポイントと追い込まれた。その窮地から巻き返しファイナルセットまで持ち込むも、ここでも3度、相手の“勝利へのサービスゲーム”に瀕した。

 それでも彼は、芝に沈む車輪を漕ぐ腕に力を込め、苦しい声をあげながらボールに追いつき、魂を込めるように叫びながら激しくボールを叩いた。

 運命のファイナルセットのタイブレークでは、3-5の劣勢から怒とうの7ポイント連取。最後は、相手のサーブを打ち抜いた強打が、熱い空気を裂き、呆然と見送るライバルの視線に見送られ、芝の上を3度跳ねた。

 グランドスラム単複合わせ、合計50度目のタイトル。それほどのトロフィーを集めながら、ウインブルドンのシングルスの優勝は今回が初めてだ。

 なによりこの栄冠は、パラリンピック金メダルも含めた国枝のトロフィーコレクションに、唯一欠けていたラストピース。それがカチリとはまった瞬間、彼は両手を天に突き上げ、顔をクシャクシャに歪め、言葉にならぬ声で吠えた。
 
「今は新しいモチベーションがある。本当にプレッシャーを感じることなく、決勝を迎えられると思います」

 明るい声で王者があっけらかんとそう言ったのは、歓喜の日の2日前。準決勝で快勝し、決勝の席を確保した時である。昨夏の東京パラリンピック後は、次に何を目指して戦うのか、答えの見つからぬ日々を過ごした。

「この先、あれ以上の大会は自分の中でないだろうなと思うと、寂しさみたいなのも感じて。そういうことなのかな? そろそろ辞めるべきなのかなと思ってもいた」

 抱えた胸の空洞を明かしたのは、今回のウインブルドン開幕を控えた日のこと。「なにも見えない状態で、テニスはぼんやり続けていた」なかで、ただただ毎日、「もう辞めたいな」と感じていたという。今年1月の全豪オープンを迎えた時も、喪失感に変わりはなかった。

 ところがこの時の全豪で、国枝は「自分でもどう打ったかわからないほどの、会心のバックハンドの2連続ショット」を決めるという、不思議な経験をする。
 
NEXT
PAGE

RECOMMENDオススメ情報

MAGAZINE雑誌最新号