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上野由岐子は実は“剛速球投手”ではなかった!? 五輪決勝で見せた「上野ボール」に隠されたもう一つの顔

矢崎良一

2021.09.11

そのキャリアにおいて強大なライバルとなったアメリカ。彼女たちを打倒するために、上野はあらゆる球種の開発を惜しまなかった。(C)Getty Images

そのキャリアにおいて強大なライバルとなったアメリカ。彼女たちを打倒するために、上野はあらゆる球種の開発を惜しまなかった。(C)Getty Images

 初めて出場した2004年のアテネ五輪以来、国際大会でアメリカの前に苦杯をなめ続けてきた上野にとって、五輪種目からの除外が決まり、当時は「最後の五輪」と位置づけられた北京五輪は、金メダル獲得が使命となっていた。

 その打倒アメリカのための“秘密兵器”が、新たな変化球である“シュート”だった。

 この球を、当時、所属チームの監督だった宇津木麗華(現・日本代表監督)から奨められた上野は、オフの期間を利用して渡米。アメリカ人コーチからの指導を受けてマスターした。そこから練習で精度を磨いていったのだが、データを取らせないため、試合で使うことはなかった。

 隠し続けた秘密兵器を繰り出したのが、アメリカとの決勝戦。2-1と1点をリードした終盤6回裏の、一死満塁という絶体絶命の場面だった。ここで上野はシュートを解禁。2人の打者を狙い通りの内野フライに打ち取り、無失点で切り抜け、勝利を引き寄せた。

 それまでチェンジアップ、ライズ、ドロップと、縦の変化と緩急で勝負してきた上野が、初めて使う横の変化球。この新しい球種が加わり、まさに3Dのピッチングとなった。

 そして13年後に復活した東京五輪でも、どうやら秘密兵器は用意されていたようだ。増淵が興味深く振り返る1球がある。

 アメリカとの決勝戦の初回。走者を三塁に置いて、上野の投球がショートバウンドとなり、捕手が捕り損ねる。本塁に突入した走者を間一髪でアウトにし、失点を免れた場面があった。あの1球だ。

「テレビで見ていたのですが、あのボールは、ナックルの握りでした」と増淵は言う。
 
「オリンピックに臨むために、必ず新しいボールをマスターしていると思っていたので、『いつ出してくるのかな?』と見ていました。それで『あ~、これか!』と。予選リーグでは投げていなかったボールです。隠していたんでしょうね。

 でも、握りはナックルでも、投げ方はナックルではなかった。だから私は“上野ボール”と勝手に名付けているのですが(笑)。ストレートよりも遅くて、チェンジアップよりも速いボールをイメージしていたのではないでしょうか」

 ソフトボールでは、ナックルの握りから、指先の操作次第でカーブやドロップのような変化をさせられるという。ただ、この“上野ボール”が、ナックルをベースにした独自の変化球だとして、そもそもナックル自体、今の日本では投げられる投手がほとんどいない、特殊な変化球だ。上野はどこでこのボールと出会い、習得したのだろうか?

 ここで1人の名前が挙がる。2000年シドニー五輪代表の藤井由宮子という投手だ。2001年に現役を引退している彼女だが、ドロップやチェンジアップなど精度の高い変化球を武器に活躍。その球種の一つにナックルがあった。

 藤井は当時の日立高崎のエースで、上野が入団した年に、1年間だけ一緒にプレーしている。そして、チームの選手寮では相部屋で、新人だった上野の教育係のような立場にあった。それならば、どこかで伝授されていた可能性がある。

 しかし、藤井に尋ねると「いや~、教えた記憶はないですね」と言う。ただ、新しい球種を身につけたいという意識は常に持っていたという。

「やっぱり世界で勝つためには、いろんな武器が必要ですから。聞いたことはやってみる子で、ドロップやチェンジアップなら話したことがあります。でも、ナックルはないなぁ。一緒に練習していて見てはいたと思いますが……。私よりも、宇津木麗華さんが、そういう新しいボール(変化球)が好きで、研究心の旺盛な人だったんで、上野も一緒にやっていて、影響を受けたのではないでしょうか」

 そして“あの1球”についても、「私が見る限りでは、ナックルとは違う気がします。何か変化球の掛け損ないだったと思うのですが、チェンジアップとも違う、さらに抜いた緩いボールを投げようとして、それが不規則に変化したのでは」と話した。

 おそらく“あの1球”の正体は、本人に聞かなくては答は出ない。ただ、実際に聞いても事実は教えてくれないだろうし、まして本当のことを言う必要もない。正体がわからない以上、まだ秘密兵器のままだ。そして、いつかまた国際大会で、勝負どころで使う時が来るかもしれないのだから。
 
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