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「そこらの打者には打たれっこない」上野由岐子が東京五輪で見せつけた20年越しの“本気”

矢崎良一

2021.09.04

苦しむ上野の心をつなぎ止めた宇津木麗華監督(右)。その支えがあってこその東京五輪での金メダルでもあった。(C)Getty Images

苦しむ上野の心をつなぎ止めた宇津木麗華監督(右)。その支えがあってこその東京五輪での金メダルでもあった。(C)Getty Images

 そんな上野の気持ちをつなぎ止めていたのは、「とにかく(現役を)続けなさい。あなたは続けることに意味がある」と、やめることを許さなかった宇津木麗華の存在だった。

 宇津木妙子に代わって所属チームの指揮を執っていた麗華は、上野にバッティングとの二刀流に挑戦させるだけでなく、コーチとして若い選手への指導もさせた。ときにはチームの勝敗を度外視しても上野に刺激を与え続けた。

「今は、いかに楽しむかを追い求めています」と話していた。そんな上野が、北京五輪の4年後、同大会での名場面を再現するような快投を披露したのは、意外と知られていない。

 2012年の夏、ロンドン五輪の開幕直前にカナダで開催された『世界選手権』。上野は決勝トーナメントの3日間で4連投、球数にして435球。数字の上では北京五輪を上回る力投を見せている。

 オリンピックがなくなり、世界選手権はソフトボール界最高峰の大会になる。この大会7連覇中で、北京のリベンジを狙うアメリカを日本は決勝戦で返り討ちにし、じつに42年ぶりとなる優勝を果たした。

 この激闘を上野は「あそこまで自分に火が付くとは、想定外でした」と振り返る。

「オリンピックが始まる前に、『私たちも頑張ってるよ』というアピールもしたかったし、オリンピックの金メダリストとして、ここでまた米国に負けるわけにはいかないと思って必死に投げていました。そしたら久々に一杯一杯になって、『もう無理かな。でもここで踏ん張らなきゃ』って。そういう苦しさがすごく楽しかった」

 そして、止まっていた歴史がまた動き始めた。2016年8月、東京五輪でソフトボールの復帰が正式に決まった。喜びのコメントを発表しながらも、上野はこんな本音も口にしていた。

「日本のソフトボール界にとっては良いことだけど、私個人としては、自分がオリンピックに出なくてもべつに構わないと思っている。ただ、もし出るのなら、やらなくてはいけないことがあるんで」
 
 上野は「『誰かのために頑張る』という思いが今の自分の原動力」と言った。「誰か」とは自分の現役生活を支え続けてくれた宇津木麗華であり、代表監督となった彼女と共に闘い金メダルを勝ち取ることが最大の恩返しになる。東京五輪をそのための場所と位置づけていた。

 迎えた東京五輪決勝、アメリカ戦。

 先発した上野は立ち上がりから制球に苦しみながらも、なんとかピンチを切り抜け失点を許さない。しかし2対0とリードした6回裏にピンチを招き、リリーフの後藤希友にマウンドを譲り降板する。そして後藤が6回を投げきると、続く最終回の7回裏、宇津木麗華監督はリエントリー(再登板)で再び上野をマウンドに送り出す。

 少し硬い表情でマウンドに向かって歩を進める上野。それは、あの20年前のデビュー戦の時と同じ、緊張ではなく、本気モードのスイッチが入った時の表情だった。

 最後の打者をキャッチャーフライに打ち取ると、上野は安堵の笑顔を見せた。

 あの決勝戦から1か月。9月4日、日本リーグが再開される。オリンピック以来となるマウンドで、上野はどんな「本気」の姿を見せてくれるのだろう。

―――後編に続く―――

取材・文●矢崎良一

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