プロとして活躍する方々のインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。第7回は、 "純情可憐タックル女子"の愛称で親しまれる総合格闘家・浅倉カンナ選手のインタビューをお届け。女子格闘家界の若きリーダーとしてRIZINで活躍する浅倉選手だが、温厚で努力家という内面を持つ。彼女のしなやかで強い身体を支えている食事や、格闘家ならではの減量の大変さ、そして3月に行なわれた浜崎朱加戦のこと、今後目指す舞台について話を聞いた。
◆ ◆ ◆
――レスリングを始めたきっかけを教えてください。
「格闘技好きの父が、レスリング教室に見学に連れていってくれたのが、きっかけです。幼稚園の年長の時でした。その時に兄も一緒に体験へ行きました。兄は小学生だったのでちょっとしんどいメニューだったようなのですが、私たちの世代は教室側も楽しいことしかやらなかったんです。それで自分からやりたいって言い始めました」
――レスリングが楽しいと思えるようになったのはどういうところですか?
「一番は勝てるようになったことが楽しいと思ったきっかけなんですが、『東京ゴールドキッズ』というところに所属チーム変えたあたりです。そのチームが日本一で、同級生の同世代の女の子も男の子もたくさんいて、みんな意識が高くて、そこからレスリングすごく好きになりました」
――かなりハードに身体を動かしていた毎日だったようですが、子どもの頃はどのような食生活を送っていましたか?
「元々は好き嫌いはそこまで多くなかったのですが、量は全然食べられませんでした。レスリングを始めた頃は同世代の女子が大きくて、体重差で負けたりしたので増量のためにすごい食べさせられました。父が厳しかったので、たくさん食べろ食べろと言われました」
――「食べろ」って言われて食べられました?
「いえ、食べられないし、食べるのがすごく遅かったんですよ。しかも動いて疲れているから、ご飯食べながら途中で寝てる時もありました(笑)。練習の中で正直ご飯が一番きつかったですね。父に『玄関の外で食べろ』って言われて出されたことがあるんです。暗闇が怖くて"ガ~~っ"て1分くらいで食べて家へ戻りました(笑)」
――小、中、高校時代で食事の面で変わっていったことは?
「好き嫌いはそれほどなかったので、その点は問題なかったです。高校生の時はたくさん食べました。普通の女の子の倍以上は食べていましたね。たくさん動いていたので、部活をやってた時も、総合格闘技に転向した時もめちゃめちゃ食べました」
――例えばどれくらいですか?
「カレー3杯とか…。動く量が半端なかったのですごく食べていました」
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――レスリングを始めたきっかけを教えてください。
「格闘技好きの父が、レスリング教室に見学に連れていってくれたのが、きっかけです。幼稚園の年長の時でした。その時に兄も一緒に体験へ行きました。兄は小学生だったのでちょっとしんどいメニューだったようなのですが、私たちの世代は教室側も楽しいことしかやらなかったんです。それで自分からやりたいって言い始めました」
――レスリングが楽しいと思えるようになったのはどういうところですか?
「一番は勝てるようになったことが楽しいと思ったきっかけなんですが、『東京ゴールドキッズ』というところに所属チーム変えたあたりです。そのチームが日本一で、同級生の同世代の女の子も男の子もたくさんいて、みんな意識が高くて、そこからレスリングすごく好きになりました」
――かなりハードに身体を動かしていた毎日だったようですが、子どもの頃はどのような食生活を送っていましたか?
「元々は好き嫌いはそこまで多くなかったのですが、量は全然食べられませんでした。レスリングを始めた頃は同世代の女子が大きくて、体重差で負けたりしたので増量のためにすごい食べさせられました。父が厳しかったので、たくさん食べろ食べろと言われました」
――「食べろ」って言われて食べられました?
「いえ、食べられないし、食べるのがすごく遅かったんですよ。しかも動いて疲れているから、ご飯食べながら途中で寝てる時もありました(笑)。練習の中で正直ご飯が一番きつかったですね。父に『玄関の外で食べろ』って言われて出されたことがあるんです。暗闇が怖くて"ガ~~っ"て1分くらいで食べて家へ戻りました(笑)」
――小、中、高校時代で食事の面で変わっていったことは?
「好き嫌いはそれほどなかったので、その点は問題なかったです。高校生の時はたくさん食べました。普通の女の子の倍以上は食べていましたね。たくさん動いていたので、部活をやってた時も、総合格闘技に転向した時もめちゃめちゃ食べました」
――例えばどれくらいですか?
「カレー3杯とか…。動く量が半端なかったのですごく食べていました」