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ラグビー

熱狂の1か月半でラグビー文化は根を張った。4年前の"五郎丸フィーバー"と同じ道は辿らない

吉田治良

2019.11.06

史上初の8強入りを果たした日本代表。ベスト4の壁は厚かったが、誰もが彼らのプレーに心を打たれたことだろう。写真:茂木あきら(THE DIGEST写真部)

史上初の8強入りを果たした日本代表。ベスト4の壁は厚かったが、誰もが彼らのプレーに心を打たれたことだろう。写真:茂木あきら(THE DIGEST写真部)

 9月29日の夜、飛田給駅から新宿へと向かう快速電車。オーストラリアとウェールズのサポーターに占拠された車内は、ほとんどカラオケボックスと化していた。

 期待に違わぬ好ゲームの余熱が、ロング缶のビールの泡に冷まされるどころか逆に焚きつけられて、その歌声はひと駅ごとに大きくなっていく。

 目の前の座席には、たぶんダンスかなにかの発表会の帰りだろう。小学3年生ぐらいの女の子たちがばっちりとメイクをして、電線に止まったスズメみたいに綺麗に並んで座っていた。突然乗り込んできた大男たちの群れとその大音量の歌声に、彼女たちは目をぱちくりとさせ、何人かの子は耳に人差し指を押し込んでいた。
 
 でも、みんな笑っていた。とても楽しそうだった。付き添いのお母さんも、笑っている。車内を見渡すと、他の日本人の乗客たちも一様に、「しょうがないなぁ」といった感じで、温かい眼差しを赤と黄色の2つの集団に向けていた。

 きっと、なかにはうんざりしていた人もいただろう。けれど、誰もそんな素振りはおくびにも出さない。そして、ついに『We Will Rock You』の足踏みが始まっても、動じることなくスマートフォンをいじるのだ。

“静岡の衝撃”に震えた夜には、最寄りの愛野駅のホームで、日本人サポーター数人が、ついさっき打ち負かしたばかりのアイルランドのサポーターと肩を組んで、彼らのラグビーアンセム『Ireland's call』を歌っていた。東京スタジアムに向かう臨時列車への乗り換えを、外国人サポーターに身振り手振りで教えてあげている日本人を、何度目にしただろう。

 日々の生活の中で、日本人の心が豊かになったと実感することは滅多にない。むしろギスギスとした世界で、トゲトゲの針を避けるようにして毎日を生きている。けれど、この約1か月半は違った。外国からやって来た人たちに日本を満喫してもらいたい、そして、できれば楽しい思い出だけをスーツケースに詰め込んで帰ってもらいたいと、心から願う人たちがたくさんいた。「おもてなし」という言葉を、これほど実態を伴って感じ取れただけでも、今回のラグビーワールドカップを取材できて良かったと思う。

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