オールスター選手を何名輩出しているかは、ドラフトクラスの実力を計る上でのひとつの指標となる。だが1999年のドラフト組は、9人のオールスター選手を擁しているにもかかわらず、その印象は希薄だ。それなりの実力者は揃うが突出した選手は皆無という、なんとも煮え切らない年。それが1999年組だった。
■実力者は揃っているもののスーパースターは皆無
ロッタリーが導入された1985年以降で、最多となる10人のオールスター選手を輩出したドラフト年が2度ある。コビー・ブライアントやアレン・アイバーソン、スティーブ・ナッシュらの1996年と、パトリック・ユーイング、カール・マローン、クリス・マリンの1985年。どちらも、言わずと知れた史上トップクラスの当たり年だ。
続いて9人を世に送り出した年が3度。まずはレブロン・ジェームズやカーメロ・アンソニー、ドゥエイン・ウェイドの2003年。その年を筆頭に、残りの2年も錚々たるドラフトクラスなのかと思いきや、意外にもそうではなかったりするところが面白い。9人ものオールスターが誕生したというのに、凄いような凄くないような、なんとなく煮え切らないメンツが顔を揃えている。
次いで1989年。1位パービス・エリソン、2位ダニー・フェリー、17位にショーン・ケンプ。『wikipedia』の英語版には、“史上最悪のドラフトのひとつと考えられている”などと書かれている。9人のオールスターを輩出しながら史上最悪……。
そしてもうひとつが、今回紹介する1999年だ。オールスター9人以外にも、ソリッドな脇役も何人か輩出しており、シックスマン賞受賞者3人は歴代最多。それなのに、この年のドラフト組の印象は今ひとつ薄い。派手なのか地味なのか、イケているのか、イケていないのか――。
短期限定なら“スター”と呼ばれた選手は数人いる。しかし“スーパースター”への階段を登り切った者は1人もおらず、フランチャイズプレーヤーの役目を長期間務めた選手もいない。それなのに、しつこいようだがオールスターが9人。調べれば調べるほど、なんとも不思議な年である。
この年の出世頭は、全58人の指名選手中、なんとブービーの2巡目57位で指名されたマヌ・ジノビリ。この意外性もまた、1999年組の異質さを象徴しているような気がする。
■実力者は揃っているもののスーパースターは皆無
ロッタリーが導入された1985年以降で、最多となる10人のオールスター選手を輩出したドラフト年が2度ある。コビー・ブライアントやアレン・アイバーソン、スティーブ・ナッシュらの1996年と、パトリック・ユーイング、カール・マローン、クリス・マリンの1985年。どちらも、言わずと知れた史上トップクラスの当たり年だ。
続いて9人を世に送り出した年が3度。まずはレブロン・ジェームズやカーメロ・アンソニー、ドゥエイン・ウェイドの2003年。その年を筆頭に、残りの2年も錚々たるドラフトクラスなのかと思いきや、意外にもそうではなかったりするところが面白い。9人ものオールスターが誕生したというのに、凄いような凄くないような、なんとなく煮え切らないメンツが顔を揃えている。
次いで1989年。1位パービス・エリソン、2位ダニー・フェリー、17位にショーン・ケンプ。『wikipedia』の英語版には、“史上最悪のドラフトのひとつと考えられている”などと書かれている。9人のオールスターを輩出しながら史上最悪……。
そしてもうひとつが、今回紹介する1999年だ。オールスター9人以外にも、ソリッドな脇役も何人か輩出しており、シックスマン賞受賞者3人は歴代最多。それなのに、この年のドラフト組の印象は今ひとつ薄い。派手なのか地味なのか、イケているのか、イケていないのか――。
短期限定なら“スター”と呼ばれた選手は数人いる。しかし“スーパースター”への階段を登り切った者は1人もおらず、フランチャイズプレーヤーの役目を長期間務めた選手もいない。それなのに、しつこいようだがオールスターが9人。調べれば調べるほど、なんとも不思議な年である。
この年の出世頭は、全58人の指名選手中、なんとブービーの2巡目57位で指名されたマヌ・ジノビリ。この意外性もまた、1999年組の異質さを象徴しているような気がする。